体験記

【最終話】41歳から43歳までの全記録——採卵5回・移植3回・総額73万円のすべて

📖 体験記㉕(最終話)/41歳〜43歳・全記録のまとめ
朝もやの中、白い野の花の咲く丘へ続く一本道と、その先にのぼる朝日の水彩イラスト

41歳10ヶ月で不妊治療を始めて、43歳10ヶ月で出産しました。

この記事は、その約2年間をひとつにまとめた最終話です。どんな治療をして、何回採卵して、いくらかかったのか。24話にわたって書いてきた記録を、数字と時系列で振り返ります。

1. 全体の流れ——2年間の年表

2023年8月(41歳)ミレーナを外す。ここから自己流でタイミングを取る日々
2024年1月再婚(お互い3回目)
2024年3月(41歳10ヶ月)宇都宮のクリニックを初受診。タイミング法からスタート
2024年(42歳)卵管造影で片側の卵管閉塞、夫の精子の運動率10%台が判明 →体外受精へ
2024年(42歳)宇都宮で1回目の採卵・移植→陰性。2回目の採卵・移植→陰性
2025年2月(42歳)先生の勧めで東京・加藤レディスクリニック(KLC)へ転院
2025年3月(42歳)KLC1回目の採卵(1個)→発育停止
2025年4月(42歳)KLC2回目の採卵(2個)→発育停止
2025年5月(43歳)KLC3回目の採卵(1個)→ついに胚盤胞を凍結
2025年6月18日(43歳)保険適用で受けられる最後の移植
2025年6月24日(43歳)妊娠判明
妊娠中(お腹が大きくなったころ)宇都宮に残った凍結胚1個の破棄手続き。先生に直接お礼を伝えた
その後(43歳10ヶ月)第5子を出産

2. 数字でみる、2年間

📊 わたしの治療のすべて

  • 治療期間:約1年4ヶ月(初受診から妊娠判明まで)
  • 通ったクリニック:2ヶ所(宇都宮→東京・KLC)
  • 採卵合計5回(宇都宮2回・KLC3回)
  • 移植合計3回(宇都宮2回・KLC1回)
  • 陰性:2回。培養中止(凍結できず):2回
  • 妊娠にたどり着いたのは:5回目の採卵で採れた、たった1個の卵

並べてみると、うまくいかなかった回のほうが、ずっと多いんです。「1回でうまくいく」ことのほうが、40代では珍しい——それが、通り抜けてみての実感です。

3. かかったお金——2年間の総額は、約73万円

お金の話は、いちばん知りたくて、いちばん調べにくいところだと思います。だから、領収書をぜんぶ引っぱり出して数えました

宇都宮・中田ウィメンズ(通院34回)376,978円
東京・KLC(治療〜移植)341,740円
東京・KLC(妊娠判定後〜卒業)14,460円
総合計733,178円

41歳10ヶ月から、43歳の出産が決まるまで。約73万円でした。

宇都宮での内訳(主な支払い)

初診4,840円
卵管造影検査(済生会)6,510円
1回目の採卵20,910円
受精・培養の管理費66,530円
1回目の移植48,490円
2回目の採卵20,930円
受精・培養の管理費68,540円
2回目の移植50,970円

ここに、診察・注射・薬の日が積み重なって、34回で376,978円。採卵の月は、それだけで9万円前後になります。

東京・KLCでの内訳

初診+1回目の採卵周期(2〜3月)41,370円
2回目の採卵周期(3〜4月)101,170円
3回目の採卵周期(5月)99,600円
移植周期(6月)99,600円
小計341,740円

そして妊娠判定のあと、卒業までの3回。7月6日3,830円、7月10日4,000円、7月24日6,630円。ここは自費が中心でした。妊娠がわかった時点で、保険の治療は終わる——このことは、あまり知られていない気がします。

💰 この金額について(大事な補足)

  • すべてわたし一人ぶんです。夫の検査・採精にかかった費用は含みません
  • 交通費・宿泊費も含みません。栃木から東京へ通っていたので、これが地味に大きい出費でした
  • 宇都宮の1回ぶんだけ明細が見つからず、約1,900円と推定して合計しています
  • 治療内容や時期によって金額は変わります。あくまで一例として見てください

📝 高額療養費——申請すると、戻ってくることがあります

保険診療の自己負担が1ヶ月の上限額を超えると、超えたぶんが戻ってきます。上限は収入によって変わり、わたしの区分では月57,600円でした。

採卵した月と、移植した月。ここは上限を超えやすいところです。わたしも宇都宮の2ヶ月分を申請して、実際に戻ってきました。

気をつけたいのが3つ。①自費(先進医療など)は対象外 ②1ヶ月ごと・病院ごとの計算 ③請求できるのは診療した月の翌月から2年まで。とくに③は、忘れているうちに期限が来てしまいます。

上限額も手続きも、加入している健康保険によって違います。まずは保険証に書いてある窓口に電話して、聞いてみてください(執筆時点の制度です)。

採卵1回あたり、おおよそ10万円前後。ここに交通費が乗ります。「40代の不妊治療にいくらかかるか」を調べている方の、ひとつの目安になればと思います。

4. 2年を振り返って、いま思うこと

「動くなら早いほうがいい」は、本当だった

ミレーナを外してから半年、自己流で過ごしました。あの半年を悔やんでいるわけではありません。でも、40代の1ヶ月は本当に大きい——それは、通ってみてはっきりわかりました。迷っている方には、「理由を知るだけでもいいから、早めに受診を」と伝えたいです。

環境を変える決断が、結果につながった

宇都宮で2回の陰性のあと、先生が「東京、行ってみたら」と勧めてくれました。あの言葉がなければ、わたしはずっと同じ場所にいたと思います。正直に別の選択肢を示してくれた先生に、いまも感謝しています

いちばんきつかったのは、身体より「やりくり」

採卵の痛みも、注射も大変でした。でも本当にきつかったのは、仕事と治療の日程を合わせること。職場に治療のことは言えず、「用事を忘れていて」とシフトを交換してもらったこともあります。夜勤明けに東京へ行き、日帰りで戻ってまた夜勤——そんな日もありました。

それでも、楽しみを見つけてよかった

上野の桜、花園神社のお参り、新宿のランチ、水族館。治療のためだけの東京にしない——そう決めたから、長い通院を続けられたんだと思います。

不安は、ひとつも終わらなかった

いちばん正直に書いておきたいのは、これです。不安が消える日は、一度もありませんでした

採卵できるだろうか。受精するだろうか。グレードはどうか。凍結までいけるか。妊娠するだろうか。したとして、育つだろうか。

ひとつ越えると、次の心配が待っています。無事に生まれたあとも、それは続きました。目に見えない障害があるんじゃないか。SIDS(乳幼児突然死症候群)になったらどうしよう。そんなことまで考える日々でした。

💬 お金と、見切りのこと

治療そのもの以外にも、ずっと考えていたことがあります。お金はどこまで出すのか。どこで見切りをつけるのか。夫に「もうやめよう」と言われたら、どうするのか。答えが出ないまま、毎日ぐるぐると考えていました。同じことを考えている方は、きっと少なくないと思います。

「わたしは、なぜここまでするんだろう」

2回目の治療のころ、深く悩んだ時期がありました。

子どもがほしいのか。それとも、妊娠することに執着して、意地になっているだけなのか。子どもは4人いるのに、なぜそこまでするんだろう——自分に何度も聞きました。

答えは、いまも上手に言葉にできません。ただ、そう悩んだ時期があったことは、書き残しておきたいと思いました。

夫との温度差——精子を2本、凍結した

夫は、KLCには毎回一緒に来てくれました。でも宇都宮のころは、ほとんど付き添いがありませんでした

治療の内容も、ほとんど知りません。知ろうともしませんでした。本当にこれで妊娠したとして、喜んでくれるんだろうか。そんなことまで考えてしまうくらい、温度差がありました。

だからわたしは、KLCで精子を2本、凍結してもらいました。もし気が変わって、採卵の日に来てくれなかったら——その不安に、先に手を打っておきたかったんです。

結果として、その2本を使うことはありませんでした。妊娠がわかったときは、外でふたりで涙ぐみました。それでも、あのとき凍結しておいた自分の判断は、間違っていなかったと思っています

お腹が大きくなったころ、宇都宮の先生に会いに行った

じつは宇都宮に、凍結した受精卵が1個、残っていました

凍結から1年後、クリニックからメールが届きました。破棄の手続きです。お腹が大きくなってきたころ、夫婦で、久しぶりにあのクリニックへ向かいました。

💬 先生の、笑顔

久しぶりに会った先生は、見たこともないくらいの笑顔でした。「よかったね」と、何度も何度も言って喜んでくださって。

そして、こうも言ってくださいました。「手続きはするけれど、すぐに破棄することはないから。もし何かあったら、連絡してね」

お腹にいる子が、無事に生まれるとは限らない。そのときのために、残しておいてくださるという意味でした。喜んでくれながら、最悪の場合まで考えてくれている。その両方があったことが、ありがたかったです。

東京へ行くよう勧めてくれたのも、この先生です。直接お礼を言えて、本当によかった。あの日のことは、忘れません。

保険適用の年齢に、もう少しだけ希望を

保険が使えるのは、43歳まで。わたしは43歳10ヶ月で出産しました

個人的には、まだ可能性はあると感じています。年齢の条件がもう少し柔軟になって、希望を持てる日本になってほしい——通り抜けたいま、そう思っています。

5. 同じ道を歩いている方へ

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

わたしは5回採卵して、3回移植して、2回陰性で、2回は凍結すらできませんでした。順風満帆ではまったくなかった。何度も心が折れそうになりました。

だから、「うまくいかない」という結果を受け取ったあなたに伝えたいのは、それは決してあなたのせいではないということです。40代の治療では、それが普通に起こります。わたしもそうでした。

そして——結果がどうなるかは、誰にもわかりません。だからこそ、この記録が「こういう道のりもあるんだ」と知る材料になれば、書いた意味があります。

💬 最後に

この体験記は、ここで完結です。全25話、長い記録にお付き合いいただきありがとうございました。これからも、治療にまつわるお金・仕事との両立・夫婦のことなど、通ってみてわかったことを記事にしていきます。どうかご自身の身体と心を、いちばん大事にしてくださいね。

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