3回目の判定日——「嬉しさの真っ白」を、初めて味わった【体験談】
宇都宮で2回、判定日を迎えました。2回とも、陰性でした。
そして3回目の判定日。43歳、東京での、保険適用で受けられる最後の移植の結果です。この記事は、わたしがはじめて味わった「嬉しさの真っ白」の記録です。
1. 判定を待つ日々——今回はフライング検査をしなかった
移植から判定までの期間は、ただ待つしかありません。
宇都宮のときは、判定が2週間後の尿検査でした。待ちきれなくて、市販の検査薬でフライング検査をしてしまっていました。でも今回は——何も調べずに、判定日を迎えました。
症状は、特にありません。前の2回は「妊娠した気」になっていたのに陰性だったので、今回はあまり気にしないようにしていました。……といっても、気にしちゃうんですけどね。
💬 待つあいだの気持ち
お腹に違和感があるような気がする? ちょっと気持ち悪いような気もする?——たぶん思い過ごし。そう思いながら「でも、もしかしたら……」と過ごす日々。それに加えて、自費診療になったらどうするかを毎日悩んでいました。今回だめだったら、栃木に戻る? 東京で転院する? KLCで続ける? 答えの出ない検索を、何度も繰り返していました。
2. 6月24日、判定日——怖くてたまらなかった待合室
判定は本来1週間後でしたが、仕事の都合で6日後の6月24日に受診しました。
いつも通り採血をして、待合室で夫と待ちます。言葉数は、少なめ。とにかくもう、怖くてたまらない。
そのとき、前の順番の方らしき人が、診察室から笑顔で出てきました。きっとあの人は着床したんだ。よかったね。——わたしも、それに続きたい。そう願いながら、そわそわは最高潮に達していました。
そして、わたしたちの番がやってきました。
3. 「この数値だと……」
担当は女医の先生。わたしは冷静を装って座りました。本心は、結果を見るのが怖くて、心の中が嵐のようでした。
先生が、一枚の紙を出しました。
「数値、出てます。この数値だと……」
——妊娠していました。
💬 嬉しさの、真っ白
このときほどの「嬉しさの真っ白」を、わたしは味わったことがないかもしれません。頭の中が真っ白になるって、悲しいときだけじゃないんだ。先生は淡々と、数値から見た今後の確率のようなことを話していました。3週4日——たしか、そう言われた気がします。
診察室を出ても、わたしはまだ冷静を装っていました。本当は夫と抱き合いたかった。でも、ここは待合室。平静なふりのまま、クリニックを出ました。
そして——外に出た瞬間、ふたりで向き合って、涙ぐみながら「やったー!!」。あの瞬間のことは、たぶん一生忘れません。
4. うれしいのに、不安も消えなかった
正直に書いておきます。数値は、決して良かったわけではありませんでした。
先生の説明も、手放しで喜べる内容ではなくて。この先どうなるかという不安が、なかったわけではありません。
だから、クリニックの向かいのビルにあるバリラックス ザ ガーデン 新宿でランチをしながら、わたしはスマホで「継続率」を調べていました。数値はもう覚えていませんが、調べて少し安心したことは覚えています。
📝 判定日の数値について
判定日に見るhCGの数値は、その後の経過の目安になると言われています。ただ、数値が低めでも順調に育つ場合も、高くても継続しない場合もあり、個人差がとても大きいものです。わたしのように検索して不安になることもあると思います。数値の意味は、必ず主治医に確認してくださいね。
5. 7月、順調に進んで——KLCを卒業
ここからは、通院の記録です。
- 7月6日——受診
- 7月10日——受診
- 7月24日——受診
数値も問題なく、胎嚢(たいのう)、胎芽(たいが)、心拍と、ひとつずつ順調に確認できました。
そして先生から、「遠方から来られているので、ここで卒業してもよいですよ」と。宇都宮で通う病院はすでに決めていたので、そのことを伝えて——わたしは、KLCを卒業することができました。
💬 東京通院の日々を、振り返って
KLCに通ったおよそ半年。新宿のいろんなお店にランチに行きました。品川プリンスホテルの水族館で遊んだり、スカイツリーに行ったり、泊まって東京の夜を楽しんだ日もありました。……とはいえ、仕事をしながら東京へ通うのは、本当にストレスでした。楽しかった記憶と、しんどかった記憶。そのどちらも本当です。
6. まとめ——2回の陰性を越えて
- 判定日は仕事の都合で6日後の6月24日。今回はフライング検査をせずに臨んだ
- 待合室は怖くてたまらなかった。前の人が笑顔で出てきて、自分もそれに続きたいと願った
- 「この数値だと……」——妊娠していた。3週4日。診察室では冷静を装い、外でふたりで「やったー!」
- 数値は良かったわけではなく、不安も残った。向かいのビルでランチしながら継続率を調べた
- 7月に胎嚢・胎芽・心拍を確認。遠方のため、KLCを卒業して宇都宮の病院へ
41歳10ヶ月で治療を始めて、宇都宮で2回の陰性、東京で3回の採卵。長い道のりでしたが、こうして次の段階へ進むことができました。
長く続けてきた治療の体験記は、ここでひと区切りです。次回は最終話として、41歳から43歳までの全記録——採卵の回数も、かかったお金も、すべてをまとめてお届けしますね。